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千葉地方裁判所 昭和33年(タ)16号 判決 1961年8月10日

判  決

本籍

東京都港区芝田村町二丁目一五番地

住所

千葉県市原郡姉崎町椎津竹の越六〇四番地、木口きさ方

原告

本籍並に住所右に同じ

原告

右両名法定代理人親権者母

右訴訟代理人弁護士

安藤一二夫

那須忠行

本籍

東京都中央区銀座東二丁目四番地の二

住所

同都豊島区目白町三丁目三五三五番地

被告

右訴訟代理人弁護士

円山田作

藤井与吉

円山雅也

右当事者間の、昭和三三年(タ)第一六号認知請求事件について、当裁判は、次の通り判決する。

主文

一、原告Bが被告の子であることを認知する。

二、原告Aの請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告Aの負担、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告両名が共に被告の子であることを認知する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告両名の母訴外Tは、昭和二八年一一月頃から、東京都銀座西六丁目五番地キヤバレー・キヤンドルに女給として勤務して居たものであるが、昭和二九年二月三日、客である被告と知合ひ、同夜、同人に誘はれて、同都墨田区洲崎町一三〇番地にある料亭「新熱海」に赴いた際、同人に求められて、之と情交関係を結び、爾来、同人とその関係を継続し、その結果、右訴外Tは、姙娠したので、被告の勧めに従つて、同年三月頃、右キヤバレーの女給勤務をやめ、被告が借受けて呉れた同都港区芝田村町二丁目一五番訴外某方の貸間に引移り、被告の仕送りによつて、同所で生活して居る中、(その間に於ても、情交の関係は継続して居たものである)、同年一〇月二六日に至り、男児を分娩したものであつて、その子が即ち原告Aであるから、同人は、被告の子である。

二、その後、昭和三〇年二月頃に至り、被告は、右T及びAの為めに、同都新宿区四谷三栄町二三番地訴外某方の離六畳一間を借受けて呉れたので、右両名は、同所に転居し、被告の仕送によつて生活し、被告は、同所を訪れて、従前と同様に、右Tと情交関係を継続し、その結果、同人は、姙娠し、昭和三一年七月二六日、第二子たる男子を分娩したものであつて、その子が即ち原告Bであるから、同人も亦被告の子である。

三、然るに拘らず、被告は、原告両名が被告の子であることを認知しないので、原告両名が被告の子であることの認知を求める。

と述べ、

被告主張の事実を争ひ、

立証(省略)

尚、原告Aの血液型がAB型であるのは、被告が医師に依頼して、その血液をAB型の血液と入替へ、それによつて血液型を人工相にAB型に変更せしめたことによるものであつて、同人の生来の血液型ではないと附陳した。被告訴訟代理人は、「原告等の請求は孰れも之を棄即する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、訴外Tが、原告等主張の各日に、夫々、原告等を分娩し、原告等が孰れもその子であること、及び被告が右Tと情交関係を結んだ事実のあることは、之を争はないが、原告両名が被告の子であることは、之を否認する。

二、原告両名は、訴外Tが、被告以外の男子と情交関係を結んで、夫々之を懐胎分娩した子であるから、孰れも、被告の子ではない。

と述べ、

立証(省略)

理由

一、法律上の実親子関係たる父子関係を発生せしめる根源的事実関係は、血統上の父子関係(自然の生物的父子関係)が存在すること自体であるから、法律上の実親子関係たる父子関係を発生せしめるところの認知が有効に成立する為めには、常に、この事実関係が存在して居なければならない。(この故に、この事実関係が存在しないに拘らず為された認知は、当然に、無効のそれであるとされて居るのである)。(以上の点については、改正民法は、従前の規定に何等の改変をも加へて居ない)。従つて、子によつて提起された、その子の父であると主張されて居る者に対する認知の訴に於て確定されるべき事実関係が、血統上の父子関係の存否自体であることは、多言を要しないところである。

而して、嫡出子(婚内子)については、その母が、妻と云ふ法律上の地位(適法な身分関係)を有することによつて、(即ちその母が、法律の認めた特別な身分を有することによつて)、その夫がその子の父であることの法律上の推定が為されて居るのであるが、(この結果、反証を挙げて、この推定を覆えさない限り、―法は夫に対してのみ、この推定を覆えす権利(否認権)を与へて居る―その夫は法律上、当然に、その子の父とされることとなる)、非嫡出子(婚外子)については、その父との関係について、何等の法律上の推定も為きれて居ない。併しながら、嫡出子について、右の様な法律上の推定の為されて居る根源的理由を探ぐると、現在行はれて居る婚姻は、(法律上のそれであると又事実上のそれであるとを問はず)、夫婦が、現実の事実として、互に、同居すると云ふ関係(法律上の夫婦間に於ては、互に同居すべき法律上の義務がある)を基本として、成立して居るのであつて、斯る関係に於ては、夫婦の関係が通常の状態にある限り、妻の男子と性的交通を為すことは、右基本的関係の存在すること自体によつて、之を遮断されて居ることが通常の状態であり、而も、妻がその夫以外の男子と性的交通を為すことを遮断されて居る以上、その妻の分娩した子はその夫の子であると云はざるを得ないものであることは、経験則の示すところであり、而して、夫婦が右の様な状態にあることは通常の事態であるから、妻が分娩した子を一般世人がその夫の子であると認めることは、通常の事態(常識=経験則による通常の判断)であると云ふべく、これは、通常の状態に於ては、夫婦であると云ふことによつて、その妻の分娩した子は、その夫の子であると云ふ推定を受けることを意味し、而も通常の事態に於ては、この推定は、真実に合する蓋然性が甚だ高いのであるから、法は、この推定を正当な推定として是認し、之を法律上の推定にまで高めて居るものと解されるので、法が前記法律上の推定を認めた理由は、他にも幾つかあるであらうが、右に挙げた点もその根源的理由の一であると思料されるところである。而して、法が、嫡出子に対する法律上の親子関係の発生について、前記法律上の推定を認めたことの根源的な理由の一として、前示推定(経験則による推定)で認めたことが認められる以上、法律上の父子関係を発生せしめることに於て右と同一であるところの認知の訴に於て、右推定を援用することは、当然の事理であると云はなければならない。従つて、認知の訴に於ける原告たる子は、右推定を生ぜしめる事実関係を証明しさへすれば、血統上の父子関係の存在の証明を為したものとするのが相当であると解される。(従つて、右事実関係の証明が為されたときは、前示推定によつて、立証責任は、当然に、被告に転換されることとなる)。

然るところ、前記事実関係のあることによつて、前示推定が為されるのは、その子の母が、その子によつて父と主張されて居る男子以外の男子と性的交通を為すことを遮断されて居ると云ふ事実関係が存在すると云ふ点にあると解されるから、経験則によつて、右遮断が為されて居ると推測される事実関係の存在することの証明が為されれば、前示証明が為されたものと云ふことが出来るものと解される。而して、右の様な事実関係が存在する場合に、前示の様な推定が為されるのは、特定の男子と特定の女子との間に性的交通があり、而もその女子が右男子以外の男子と性的交通をもたなかつたときは、その女子の分娩した子は、右男子の子であると云ふ外はないとの経験則が存在することによるものであつて、換言すれば、右事実関係の存在することによつて、右女子は、他の男子との性的交通がないとの推定が生じ、その結果、右経験則によつて、その生れた子は、右男子との性的交通のみによつて生れた子であるとの判断が為され、之によつて、右男子との間に、血統上の父子関係が存在すると云ふ結論が生ずるものであるところ、現在の状態に於ては、父子関係の確定は、右経験則に依存する以外に方法はないのであつて、(このことは、公知の事実に属する)、而も、この経験則は、論理上に於ても正当なものであるから、(姙娠可能時に於て、二人以上の男子と性的交通を為した女子は、その女子自身に於てさへも、何れ男子がその子の父であるかを知ることが不可能であらうと考へられるのであるから、右経験則の正当であることは、明瞭なところであろうと思料される)、父子関係の確定に於ては、右経験則に存依せざるを得ず、従つて、認知の訴に於ては、原告に於て、右二点の証明を為すことが要求されることは、当然であり、従つて、旧大審院の判例が、常に、原告に対し、この二点の証明を要求したことは、当然の事理であつたと云うべく、而して、右経験則が適用される場合は、女子が他の男子との性的交通を遮断されて居る事実のあることを前提として居るものであるところ、右の様な事実のあることを直接に証明することの困難なことは、その証明対象の性質自体によつて、自明なところであると云うべく、従つて、経験則によつて、その様な事実関係のあること(若くはその様な事実関係のあることの蓋然性の高いこと)を推測せしめる事実(間接事実)の存在することの証明を以て、十分であるとするのが妥当であると認められる。故に、この点から観ても、前示判示の相当性が認められるものと解される。

而して、右の様な観点から事を観ると、例へば、所謂箱入娘と云はれる様な女性若くは人に囲われて居る様な女性(妾)が、他の男子と性的交通を持つことの機会を遮断されて居ることは、経験則の示すところであるから、その子の母がその様な境遇にある女性であることの証明が為されれば、その子は、その母と性的交通を為した男子の子と推定すべく、(従つて、この場合の立証責任は、相手方に転換される)、之に反し、所謂職業婦人、特に接客業若くは之に類似する職業に従事する婦人については、一種の性的解放が現出されて居ると観ることの出来る現下の状況に於ては、男子との性的交通が自由であると云ふ一般状況の存在することによつて、逆に、他の男子との性的交通の遮断がないとの推定を受くべく、従つて、その母がその様な職業に従事して居る場合に於ては、他の男子との性的交通の遮断されて居ることの推定がないことになるから、その母にその様な交通のなかつたことを、原告に於て証明せざるを得ないものであつて、証明責任は著しく加重せられるものと云わなければならない。

認知の訴に於ける証明対象並に証明関係に関する当裁判所の見解は、以上の通りであるから、本件については、右見解に従つて、その判断を為すものである。

二、訴外Tが、原告等主張の各日に、夫々、原告等を分娩し、原告両名が、同訴外人の子であることは、(証拠)によつて、明白なところである。

三、而して、右訴外Tが原告Aを懐胎分娩した時の最終月経日は昭和二九年一月二五日、その分娩予定日は同年一一月一日、分娩した日は同年一〇月二六日であること、及び月経の閉止したのが同年二月中であつたこととが、(証拠)と前記認定の事実とによつて認められるので、右訴外Tが原告Aを懐姙した時期は、同年二月一〇日前後頃であつたと推認するのが相当であると云うべく、而して、同月九日、被告が右訴外Tと性交射精したことは、(証拠)を綜合して、確認し得るところであるから、被告が、訴外Tが原告Aを懐姙する可能な時期に於て、同訴外人と性交を行つたことのあることは、その証明があつたものと認めざるを得ないものであるところ、当時、右訴外Tは、キャバレ・キャンドルの女給として、接客業に従事して居たものであることが、(証拠)によつて、知られるので、右訴外Tは、前示説示の理由によつて、他の男子との性的交通を遮断される状態にあつたことの推定を受け得ないものであり、従つて、原告Aに於て、右訴外Tが、他の男子との性的交通を遮断されて居たことについて証明を為さなければならないものであるところ、(証拠)に照し、措信し難く、他に、右事実のあるこをと認めるに足りる証拠がなく、結局、右の点については、証明がないことに帰着し、従つて、前記経験則の適用について必要な要件を欠くから、前記説示の理由によつて、原告Aを被告の子と断定することは、之を為し得ないところであるばかりでなく、却つて、(証拠)によると、原告Aの血液型はAB型であるところ、母である右訴外Tの血液型はAB型、被告の血液型はO型であることが認められ、而して、O型の父とAB型の母からはAB型の子の生れないことは、理論上、又、実験上、明白な事実であるから、(尚、原告訴訟代理人は、この点について、若干の疑を有することを表明して居るので、その理論上の関係の概略を、別紙の通り附加して置く)、被告が、原告Aの父であることは、之を否定せざるを得ないところであり、右鑑定人提出の現在行われて居る各種の検査方式に従つて為された実験の結果に基く鑑定の結果も全く之と一致するものであるから、結局、原告と被告Aとの間には、血統上の父子関係は存在しないものであると云わざるを得ないものでる。故に、原告Aは被告の子ではないと判定する。

而して、血統上の父子関係が認められない以上、認知は、之を為すことは出来ないものであることは多言を要しないところであるから、原告Aの本件認知の請求は、失当として棄却されることを免れ得ないものである。

四、原告は、原告Aの血液型がAB型であるのは、被告によつて、人工的にAB型の血液と入替えられた結果によるものであつて、生来の血液型ではない旨主張して居るのであるが、(証拠)によれば、人の血液は、その入替は、之を為し得るにしても、間もなく生来の血液型の血液に還元されて、その血液型を永続的に変更することは不可能であることが認められるので、原告の右主張は理由がないことに帰着する。

五、而して、前記訴外Tは、原告Aを、懐姙した後、被告の勧めによつて、前記キャバレーに於ける女給勤めをやめて、原告等主張の頃、被告の借受けて呉にた原告等主張の貸間に移り、被告の仕送によつて、生活し、爾来、被告に囲われる身となり、被告が、之に通つて、継続的関係を維持して居たこと、その間、右訴外Tは、前記の通り、原告Aを分娩して、之と共に、同所で生活し、その後、更に、原告等主張の頃に至り、右訴外Tは、右原告Aを連れて、被告の借りて呉れた原告等主張の場所に移り、同所に移り、同所に於て、被告に囲われ、被告の仕送りによつて、生活し、被告と従前通りの関係を維持して居たこと、そして、その結果、更に、懐姙して、昭和三一年七月二六日、第二子たる男子を分娩し、その子が即ち原告Bであることが、原告法定代理人及び被告本人の供述と前記認定の事実とによつて、認められるので、被告は、右訴外Tが、原告Bを懐姙した当時、右訴外Tと性交関係があつたものと認定せざるを得ないところであり、又、右訴外Tは、被告に囲われて居た所謂囲われの身であつたことが明白であるから、前記説示の理由によつて、他の男子との性的交通を遮断されて居たものとの推定を受けるものであるところ、被告は、この推定を覆えし得るに足りる何等の証拠も提出して居ないのであるから、前記経験則によつて、原告Bは、被告の子であると認定せざるを得ないものである。

尚、前記鑑定人提出の鑑定の結果によると、原告Bが被告の子であることについて、実験の結果には、何等の矛盾も存在しないこと認められるばかりでなく、血液型に於ける父権肯定の確率は八六、九八%の高度な確率であることが認められるのであつて、右鑑定人が千葉大学の教授たる法医学者である点に鑑み、右のことは、原告Bが被告の子であることを肯定せしめる科学的根拠の存在することを示すものであると認められるので、右認定は、この点に於ても、その相当性を肯定せしめるものである。

而して、被告と原告Bとの間に血統上の父子関係の存在することが認められる以上、認知の請求の正当であることは、多言を要しないところであるから、原告Bの本件認知の請求は、正当である。

六、仍て、原告Bの請求のみを認容し、原告Aの請求は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

A、B、O式による血液型の遺伝について。(省略)

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